カミキリムシ 理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター 高次構造形成研究グループ 竹市研究室
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カドヘリン発見物語

当研究室の主宰・竹市雅俊は約30年前に細胞間接着分子・カドヘリンを発見し、命名しました。ここでは、カドヘリン発見に至った歴史を紹介いたします。

細胞-細胞接着と細胞‐基質接着における2価イオンの使い分け

1969年、竹市雅俊は京大理学部の岡田節人教授の研究室に助手として着任しました。

竹市、京大に来る

★1969年9月、京都大学。

岡田節人研究室で竹市は、細胞間接着と基質間接着に必要な金属イオンが異なることを発見します。細胞同士の接着にはカルシウムイオン、細胞基質との接着にはマグネシウムイオンが必要であることが分かったのです。

細胞接着における2価イオンの使い分け

カルシウム依存的な細胞間接着機構の発見

その後、竹市は細胞接着の機構についてさらに研究を進めるために、カーネギー研究所に留学します。

ボルチモア

★ボルチモア。

カーネギー研究所

★カーネギー研究所。

留学先の研究室で、培養細胞を使って細胞接着の実験を行うと、奇妙なことが起きました。京大では、細胞をトリプシン処理してバラバラにしてカルシウムを加えると細胞は再集合するという現象が観察されていたのに、カーネギー研究所で同じ実験を行っても、細胞は再集合しませんでした。

その原因は、2つの研究室で使っているトリプシンを溶かしている緩衝液の組成の違いでした。カーネギー研究所で使用したトリプシン液には、EDTAが含まれており、一方、京大のトリプシン液にはEDTAが含まれていませんでした。EDTAはカルシウムイオンやマグネシウムイオンの作用を打ち消けす薬剤です。

EDTAある、なしによる細胞接着の変化

★トリプシン液にEDTAが含まれているかどうかで細胞の再集合実験の結果が変わる。

この実験結果から、カルシウムを除去した状態でトリプシン処理を行うと、カルシウム依存的な細胞接着機構が不可逆的に破壊され、再びカルシウムを加えても接着できないことが明らかになりました。

カルシウム依存的接着機構

★カルシウム依存的に細胞間接着が制御されているというモデル。

さらに、竹市はトリプシンとEDTAを使った細胞接着の実験による観察を深めました。そして、カルシウムありでしっかりトリプシン処理をした細胞(TE細胞)と、カルシウムなしで弱くトリプシン処理した細胞(LTE細胞)を一緒に培養すると、同じ細胞株であるにもかかわらず、処理の仕方の違いだけで、細胞は別々に集合することが分かりました。このことは、一言で細胞接着といっても、少なくとも2つの機構、つまりカルシウム依存的な細胞接着とカルシウム非依存的な細胞接着があることを示しました。

TC細胞とLTE細胞では集合の仕方が違う。

★ (上)トリプシン処理したTC細胞と、低濃度トリプシン&EDTA処理したLTE細胞の片方をラベルして、一緒に培養するとそれぞれは分かれて集合する。(下)TC細胞だけで培養すると、分かれずに集合する。

細胞接着には二種類の機構がある

★EDTAなしでトリプシン処理での再集合はカルシウム依存的な細胞接着、EDTAありで低濃度トリプシン処理での再集合はカルシウム非依存的な細胞接着の機構によると考えられる。

このように、カルシウム依存的な細胞接着とカルシウム非依存的な細胞接着が存在していることが分かりましたが、竹市はカルシウム依存的な細胞接着に注目しました。下図・左はカルシウムが存在している状態の細胞、右はカルシウムがない状態の細胞の写真です。カルシウムがなくても、細胞は何となく集合していますが、細胞一つ一つは丸い形態を保っており、隣り合う細胞との接着は弱いように見えます。一方、カルシウム存在下では、細胞同士、ぎゅーっと強くくっつきあっているように見えます。また、カルシウム非依存的な接着は温度には依存しませんが、カルシウム依存的な細胞接着は温度によっても変化することが分かりました。これらの観察から、竹市はカルシウム依存的な細胞接着がより重要であると考え、それをになう分子の同定に取り掛かり始めました。

カルシウム依存的・非依存的な細胞接着

左:カルシウムあり、右:カルシウムなし。

カドヘリンの発見

竹市は京大の岡田研に戻り、カルシウム依存的な細胞接着分子の同定するために、細胞間接着を阻害する抗体の作成を試みました。当時、テラトカシノーマ・F9細胞に対する抗体が8細胞期のマウス胚のコンパクションを阻害することが報告されました(Kemler et al., 1977)。この現象と自分が見ている細胞間接着の現象は似ていると直感した竹市は、F9細胞のポリクローナル抗体を作成し、それが細胞接着を阻害できることを発見しました(Yoshida-Noro and Takeichi, 1982)。さらに、細胞接着を阻害できるモノクロナール抗体のクローニングに成功しました(Yoshida-Noro et al., 1984)。

抗体によって細胞間接着が阻害された

★あるモノクロナール抗体を加えると細胞接着が阻害された(右)。

そして、そのモノクロナール抗体を使いウエスタンブロッティングを行うと、、カルシウム依存的に125kDaのバンドを認識することが明らかになりました。

カルシウム依存的に認識される125kDaのバンド

この125kDaの分子を、calcium + adherence で "cadherin"と命名したのでした。

岡田先生と接着分子の名前を考える竹市?

★"カドヘリン"の名前を考え中の若かりし頃の岡田先生(右)と竹市(左)。

その後、カドヘリンのcDNAをクローニングしました。カドヘリンを発現していないL細胞にカドヘリンのcDNAを導入すると、細胞接着が誘導されました。こうして、カドヘリンは細胞間接着を担う分子であることが確実になりました。(Nagafuchi et al., 1987)

カドヘリンcDNAを導入したL細胞

左:通常のL細胞。カドヘリンが発現していないため、接着出来ない。右:カドヘリンのcDNAを導入したL細胞。細胞接着が誘導され、カドヘリンが細胞接着面に局在している。

カドヘリンファミリー

その後、カドヘリン研究はさらに展開します。細胞間接着分子・カドヘリンは共通のアミノ酸配列をもつ複数のサブタイプがあることが明らかになったのです。

カドヘリンの共通アミノ酸配列

★E-, N-, P-カドヘリンの共通アミノ酸配列

そして、カドヘリンは同じカドヘリン同士、つまりE-カドヘリンはE-カドヘリン、N-カドヘリンはN-カドヘリンのみと結合するという、結合特異性があることが分かりました。

カドヘリンは結合特異性を持つ

★カドヘリンは結合特異性がある。

さらに、興味深いことに体内でのカドヘリンの発現パターンに特徴があることが分かりました。下図の黄色で示している上皮組織の細胞では、E-カドヘリンのが、青で示している神経や筋肉の細胞ではN-カドヘリンが特異的に発現しているのです(E-カドヘリンの"E"は"Epithelium"(上皮)の"E"、N-カドヘリンの"N"は"Neuron"(神経)の"N"を表しています)。

カドヘリンの発現パターン

★体内でのカドヘリンの発現パターン。

カドヘリンシステムの基本構造

また、細胞レベルでの解析により、カドヘリンはカルシウム依存的に細胞外領域で、隣り合う細胞のカドヘリンと結合し、細胞内では、α-カテニン、β-カテニン、p120カテニンなどの結合分子によって、安定化され、細胞間接着を可能にしているという基本構造が明らかになっていきました。

カドヘリンシステムのモデル図

その後、当研究室でのカドヘリン研究は、より詳細な細胞レベルでの解析を始めとし、神経回路形成におけるカドヘリンの研究や、プロトカドヘリンの研究、そして、近年では微小管との関わりについてまで、広がり続けています。まだまだ竹市の興味は尽きないようです。

(なお、本ページは、2007年に京都大学で行われた、竹市雅俊の最終講義のスライドをベースにして作成しました。)