独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2004年10月15日


細胞の伸長方向を決定するメカニズムを解明
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受精卵から個体をつくり上げる胚発生は、細胞の運動や移動を伴う非常に動的な現象である。ある種の細胞は、細胞外マトリックスの中を目的地へと向けて移動し、また神経細胞は細胞体の位置を維持したまま軸索を特定の位置に大きく伸ばす。この様な現象の多くはモルフォジェンと呼ばれる物質にコントロールされ、このモルフォジェンが誘引因子もしくは反発因子として機能し、細胞の進む道を形成していると考えられる。胚発生において、細胞の形態変化や移動は最も重要な現象の一つであるが、特定の位置に細胞が手を伸ばしたり移動したりするメカニズムの詳細は明らかになっていなかった。

ショウジョウバエの発生を見ると、後に酸素を体中に供給する気管が形成されていく様子が観察できる。ショウジョウバエの胚には胸部および腹部の体節に 10 対の気管原基があり、これらが腹側から背側へと左右対称に6つの分岐を伸ばす。そのうちの一つ(DB)は、表皮の内面に沿って背側へと伸長し、反対側から伸長してきた分岐と中心線上で融合する。DBの分岐の先端には末端細胞と呼ばれる特殊な細胞が存在し、末端分岐と呼ばれる構造を形成して、将来特定の器官とガス交換を行う。しかし、これらの末端細胞がどの様にして、上皮の特定の位置に末端分岐を形成するのかは分かっていなかった。

ショウジョウバエの気管形成の経時変化(左→右)。
左右一対の気管が背側で融合する様子と末端分岐の形成(紫)が観察される。

CDBの林茂生グループディレクター(形態形成シグナル研究グループ)らは、ショウジョウバエの気管形成において、DppとHhと呼ばれる分子が細胞運動の方向を決定するメカニズムを明らかにし、Development誌の電子版に先行発表した。尚、この研究は国立遺伝学研究所との共同で行われた。

形態形成シグナル研究グループの加藤輝基礎科学特別研究員らは、まず気管形成における細胞運動の解析を行った。背側へ伸長しつつある気管の先端の細胞をGFPで標識し、その動態を観察したところ、それらの細胞は背側上皮(DE; dorsal epidermis)に向かって移動し、反対側から伸長してきた気管と融合することが確認された。この間、気管の先端の細胞は常に上皮の内側に沿って移動する事から、これらの細胞を正しい方向へ誘導するシグナルは上皮細胞から分泌されている可能性が示唆された。彼らは、先端の細胞の中でも誘導シグナルに反応して伸長しているように見える末端細胞に注目して解析を続けた。

これらの末端細胞は、最初はあらゆる方向に糸状仮足を伸ばすが、腹側へ伸長したもののみが安定化されるため、末端細胞は腹側方向にのみ伸長する事ができる。彼らは、これらの末端細胞が接する上皮で発現している遺伝子を解析した。その結果、背側上皮でDpp(Decapentaplegic)とHh(Hedgehog)と呼ばれる遺伝子がストライプ状に発現し、末端細胞の伸長はこの発現パターンに対応している事が明らかとなった。過剰な末端細胞を形成する胚を用いた実験では、これらの細胞がHhを発現する領域に向かって伸長することが確かめられた。彼らはさらに、Hhを過剰に全体的に発現させた系やHhのシグナル経路を遮断した系を用いて解析を進め、Hhの発現が気管の分岐の方向性に大きく影響を与えていることを裏付けた。Hhのシグナル経路を遮断した末端細胞では、糸状仮足があらゆる方向へ形成されてしまう事から、正常な末端分岐の伸長にはHhの厳密な発現制御が必要である事が分かった。

次に彼らは、背側上皮で発現しているDppが末端分岐の伸長阻害因子として機能している可能性を検討した。HhとDppが共同で機能し、より確実に末端分岐の方向性を制御するメカニズムの存在が予想された。Dppを過剰発現させた実験では末端分岐の伸長が阻害され、逆にDppの発現を抑制すると、前後軸に沿った伸長が生じるなど末端分岐の方向性に異常が生じた。

これらの研究結果から、2つのモルフォジェン、DppとHhが共同で機能し、細胞伸長の方向を制御するモデルを彼らは提唱している。このモデルでは、Hhが細胞の進む道を作るのに対して、Dppは間違った方向に伸長しないように抑制的に機能している。彼らは、誘導因子と抑制因子が協調的に機能するこの様なメカニズムが、器官形成の様々な場面において細胞の運動や移動の方向性を制御していると考えている。




掲載された論文 http://dev.biologists.org/cgi/content/abstract/131/21/5253

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