独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2008年1月8日


LGNが神経上皮細胞の自己複製能を維持している

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細胞が分裂する時、細胞内には紡錘体と呼ばれる線維状の構造がつくられ、これによって倍加した染色体が両極へと引き寄せられる。そのため、紡錘体の細胞内における方向性が分裂軸の方向を決定する。分裂軸がどちらを向くかということは、幹細胞や前駆細胞の機能を考える時、特に重要な意味を持つ。これらの細胞にはしばしば極性があり、分裂軸の方向を調節することで非対称に分裂し、2つの異なる娘細胞、すなわち幹細胞としての機能を維持した自らのコピーと、より分化の進んだ細胞を同時に生み出すからだ。哺乳類の神経発生でも、際立った極性を持つ神経上皮細胞が神経幹細胞として働くため、このような非対称分裂によって、神経幹細胞自身とニューロンを生じると考えられてきた。しかし、分裂軸の方向やその役割については、様々な見解があり、長い間議論の的となっていた。

理研CDBの今野大治郎研究員および塩井剛研究員(非対称細胞分裂研究グループ、松崎文雄グループディレクター)らは、マウス神経上皮細胞の分裂軸を制御する遺伝子を同定し、それらを人工的に改変することにより、神経幹細胞の分裂軸の制御のあり方とその意味を明らかにした。この研究は、Nature Cell Biology誌の1月号に発表された(2007年12月16日にオンライン先行発表)。
神経上皮細胞の細胞分裂(脳皮質スライスの横断切片):発生中の脳では、神経上皮細胞が神経幹細胞として働き、神経細胞と神経幹細胞を分裂によって生じる。核がinterkinetic nuclear movementと呼ばれる運動を行い、頂端側(下側)で水平方向に分裂する。染色体をヒストンH2B-EGFPで標識。(画像クリックでムービーをご覧になれます)

分裂時の紡錘体の制御についてはショウジョウバエで研究が進んでおり、複数の遺伝子の関与が示されている。近年、同様のメカニズムが哺乳類の神経上皮細胞でも機能していることが示唆されていた。今回、今野と塩井らは、LGNと呼ばれる遺伝子を欠損したマウスを作成し、その解析を行った。LGNはショウジョウバエのPins (Partner of Inscuteable)に対応する遺伝子で、Pinsは紡錘体の配向に機能することが知られている。彼らはまず野生型の神経上皮細胞は上皮面と水平に分裂することを確認し 、それに対し、LGN欠損マウスでは、紡錘体の方向がランダムになっていることを明らかにした。ショウジョウバエにおいて分裂軸を垂直方向へ回転させる働きを持つInscuteableのマウスホモログ(mInsc)を過剰発現させると、LGN欠損と同様の表現型が観察された。

頂端側からみた神経幹細胞の分裂(Z軸方向に画像を重ね合わせている):大多数の分裂で、頂端面は両方の娘細胞に分配される。頂端面の境界をZO1-EGFP(緑)で、中心体をPACTドメイン-KO1(赤)で標識。(画像クリックでムービーをご覧になれます)

次に彼らは、LGN欠損による分裂方向の変化が、娘細胞の運命に影響するか否かを調べた。通常、神経上皮細胞から生じた2つの娘細胞のうち、頂端側(上皮の表面側)に留まり、引き続き神経幹細胞として分裂する細胞ではPax6を発現している。しかし、LGN欠損マウスでは、Pax6陽性細胞が頂端側に留まらず、頻繁に基底側へと移動することが判明した。同様の現象がmInscを過剰発現するマウスでも観察された。LGN欠損による影響をさらに詳しく調べたところ、通常であれば両方の娘細胞が頂端面を受け継ぐようにして分裂するが、LGN欠損マウスでは片方の娘細胞のみが頂端面を受け継いでいるケースが増加していた。これらのことを考えあわせると、LGN欠損マウスで分裂時に頂端面を失った娘細胞は、もはや頂端側に留まることが出来ず、基底膜側の「足」に引っ張られ、異常な前駆細胞になると解釈できた。

これらの結果から、神経前駆細胞として神経上皮細胞が自己複製能を維持するためには、分裂の際に頂端面と基底面の両方を受け継ぐことが必要であり、LGNによる分裂軸の調節がそれを実現していると結論できる。おもしろいことに、LGN欠損マウスでは、このような異常を生じていても、神経細胞生産全体への影響はみられなかった。

松崎グループディレクターは、「上皮細胞の分裂方向がランダムになると、上皮形成などに色々と不都合なことが起こるはずです。それにもかかわらず、LGN欠損マウスが生存可能なのは一種の驚きであり、哺乳類発生の柔軟さを再認識させられます」と話す。


掲載された論文 http://www.nature.com/ncb/journal/v10/n1/abs/ncb1673.html


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