独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター

2011年4月10日


脊椎動物は咽頭胚期が最も保存されている
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鳥、魚、カエル、そしてヒトなど脊椎動物は多様な形態をもつが、いずれも1つの受精卵から発生する。一方で、脊椎動物の成体はいずれも頭部、分節化された体幹部など、共通の基本構造(ボディプラン)が見られ、受精卵というよりは発生中期に現れる器官形成期の姿を反映しているようにみえる。いずれも発生過程の共通性や多様性と関係があるはずだが、150年来の論争を経てもなお、進化的にどのように定式化すべきか2つの仮説の間で意見が割れていた。1つは「漏斗型モデル」で、種間の共通性は受精卵や初期胚の時期に最も高く、発生の進行に伴って多様化するという考え方。もう1つは「砂時計モデル」と呼ばれ、器官形成が起こる発生中期が最も共通性が高く、この時期にボディプランが規定されているとする考え方だ。

理研CDBの入江直樹研究員(形態進化研究グループ、倉谷滋グループディレクター)らは、4種類の脊椎動物において発生初期〜後期胚の遺伝子発現を包括的に比較し、咽頭胚期が最も保存された遺伝子発現プロファイルをもつことを明らかにした。発生中期が最も保存され、脊椎動物のボディプランが現れるとする「砂時計モデル」を強く支持する結果。この成果は、Nature Communicationsに3月22日付けで掲載された。


漏斗型モデル(左)と砂時計モデル(右):垂直方向は発生の進行を、水平方向は進化的多様性を表す。漏斗型モデルは、時間的に後にある発生段階がその前の発生段階に依存(黒矢印)しているため、結果的に初期胚を進化的に保守的にさせるとしている。砂時計モデルは、発生シグナルの複雑性が器官形成期の保守性をもたらすとしている。


入江研究員らは、これまで形態学的な比較が主だったこの分野に、遺伝子発現の観点から挑んだ。まず、マウス(哺乳類)、ニワトリ(鳥類)、アフリカツメガエル(両生類)の初期〜後期胚を十数ステージに渡って採取し、全胚を対象にマイクロアレイ解析を行い、包括的な遺伝子発現プロファイルを獲得した。さらに、既に公開されているゼブラフィッシュの発現データを加え、これらを類似性解析の基盤とした。解析には、多角的かつ統計学的に堅牢な手段を用いるため、理研のスーパーコンピューターRICCを活用した。

胚発生の速度は種間によって異なり、各器官が形成される時期も異なるため、種間において同等な発生ステージを定義することは難しい。そこで彼らは、4種間における相同遺伝子を同定し、それらを対象に全種、全発生段階のペアを組み、総当たり比較解析した。その結果、どの2種を比較した場合も、中期胚(神経胚〜後期咽頭胚)が初期胚や後期胚よりも高い遺伝子発現の類似性を示していた。さらに、脊椎動物全体で最も保存された発生時期を同定するために、平均類似性解析を行ったところ、咽頭胚が最も保存的であることが明らかになった。類似性評価には4つの方法を用いたが、いずれの場合も同様の結果だった。

遺伝子発現の類似性が最も高かった咽頭胚期の各胚。右上:マウスの9.5日胚、右下:ニワトリのHH16胚(受精後約2日)、左上:アフリカツメガエルのステージ28および31胚(受精後約1日)、左下:ゼブラフィッシュの24時間胚。



彼らは次に、最も類似性の高い発生段階において、4種に共通して発現している遺伝子を調べた。その結果、Hoxファミリーを始め、シグナル分子、転写調節因子、形態形成因子、成長因子など、109の遺伝子が同定された。興味深いことに、共通して発現している遺伝子群では、種間で発現が異なる遺伝子群に比べ、発生関連遺伝子を高い割合で含んでいることがわかった。

今回の研究では、遺伝子発現の包括的かつ定量的な比較解析により、砂時計モデルを遺伝子レベルで強く支持する結果が得られた。入江研究員は、「初期胚の発生プログラムが進化的に最も変更しにくい、という従来の考え方を再考する必要があります。咽頭胚期を拘束しておきながらどのように初期発生に柔軟性をもたせているのか、今後の興味深い課題です」と話す。今回新たに得られた大規模な発現データは、ArrayExpressおよびGene Expression Omnibusに公開されている。



掲載された論文

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=P
ubMed&dopt=Citation&list_uids=21427719

 


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