独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター

2012年9月5日


鳥類の気圧検知器官の進化的由来が明らかに
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鳥類は中耳に気圧変化を検知する器官、傍鼓膜器官(PTO:paratympanic organ)を持つ。PTOは内部が溶液で満たされた小さな袋状の器官で、結合組織で鼓膜とつながっている。そのため、気圧の変化に伴う鼓膜の微妙な動きがPTOに伝わり、PTOが変形して内部の溶液に動きを生じる。PTOの内側には機械的な刺激を受容する有毛細胞が配置され、気圧の変化を溶液の動きとして検知している。PTOは一般的に鳥類以外の両生類、爬虫類、哺乳類といった羊膜類には見られず、その進化的由来は明らかでなかった。

理研CDBのPaul O’Neill研究員(感覚器官発生研究チーム、Raj Ladherチームリーダー)らは、ニワトリ胚を用いた実験で、傍鼓膜器官(PTO)を形成する原基を新たに発見し、PTOが魚類の呼吸孔器官に由来することを明らかにした。PTOは顔面神経節原基から形成されるとするこれまでの定説が覆った。この研究は、英ケンブリッジ大学のClare Baker教授および米アイオワ大学の研究者と共同で行われ、オンライン科学誌Nature Communicationsに9月4日付けで発表された。


A: PTO原基(赤)と顔面神経節原基(一番頭側の黄)の位置関係。B: 新たに発見されたSox2を発現するPTO原基。C-E: 上鰓原基マーカーの発現。PTO原基と上鰓原基は隣接しているが異なることがわかる。F: PTO原基から形成されたPTOとそこから顔面神経節に伸びる神経細胞。


以前、鳥類のPTOとサメなどの軟骨魚類が持つ呼吸孔器官との間に高い類似性が指摘されていた。呼吸孔器官は顎の動きを検知する器官だが、両器官は組織構造や解剖学的な位置が似ており、また、有毛細胞によって機械刺激を受容する点でも共通している。ところが、1980年代にニワトリ胚を用いた組織追跡実験が行われ、PTOは上鰓原基の一つである顔面神経節原基(膝神経節原基)から形成されることが示された。顔面神経節原基は呼吸孔器官をつくる原基とはその位置や性質が本質的に異なるため、以来、呼吸孔器官とPTOの間に進化的関連性を認めないのが定説になっていた。しかしO’Neillらは、通常神経細胞のみを形成する神経節原基から、感覚器官であるPTOが生じることを不自然と考え、より詳細な実験手法を用いてPTOの発生を再検証することにした。

彼らはまず、有毛細胞の形成に重要な役割を果たすSox2遺伝子の発現解析を行った。その結果、発生ステージ18(孵卵開始後65-69時間)のニワトリ胚において、顔面神経節原基の直ぐ隣にSox2の小さな発現領域が発見された。この領域は上鰓原基マーカーであるPax2やSox3、Delta1を発現していないことから、顔面神経節原基とは異なる原基が存在していることを示唆していた。そこで、Sox2発現領域の発生運命を追跡したところ、PTOとそこから顔面神経節に伸びる神経細胞を形成することが判明した。つまり、PTOを形成するのは顔面神経節原基ではなく、その直ぐ隣にあるSox2発現領域であることが明らかになり、彼らはこれを「傍鼓膜器官原基(PTO原基)」と名付けた。また、興味深いことに、顔面神経節原基とPTO原基から形成される神経細胞は、共に顔面神経節を経由しているものの、遺伝子発現や脳への接続回路が明確に異なることも明らかになった。

続いて彼らは、ウズラ胚とニワトリ胚の交換移植実験を行った。ウズラ胚の頭部から顔面神経節原基とその周辺の前駆組織をニワトリ胚の対応する部位に移植したところ、顔面神経節とPTOの両方が形成された。一方で、ウズラ胚から胴部など他の部位の前駆組織を移植した場合は、顔面神経節は形成されるものの、PTOは形成されなかった。これらの結果は、顔面神経節とPTOが異なる発生メカニズムを持つことを裏付けていた。

今回のO’Neillらは、PTOを形成するのは顔面神経節原基ではなく、新たに発見したPTO原基であることを明らかにした。これにより、PTOと呼吸孔器官との相同性を否定する唯一の理由が無くなった。事実、これまで指摘されていた両器官の類似点に加え、今回発見されたPTO原基は呼吸孔器官原基と同じ位置に生じるもこともわかった。これらの結果は、陸生となった羊膜類では失われたと考えられていた呼吸孔器官が、その機能を変化させて鳥類で再利用されていることを示している。O’Neill研究員は、「生物は進化の過程で既存の器官の形や機能を変化させ、環境に適応してきたと考えられます。PTOはそのメカニズムを明らかにするための良いモデルになると思います。」と語った。


掲載された論文 http://www.nature.com/ncomms/journal/v3/n9/full/ncomms2036.html
 


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