独立行政法人理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター

2013年5月9日


ゴカイが持つ半無限の再生能力の仕組み
PDF Download

生物の体にはヒトの椎骨のような繰り返し構造がしばしば見られる。これは体節と呼ばれ、脊椎動物だけでなく節足動物や環形動物にも見られる体づくりの基本単位である。脊椎動物や節足動物では体節の数はあらかじめ決まっており、発生過程において胚の最先端部に形成される増殖領域から細胞が供給されて体節が作られる。増殖領域は発生が終わった後には失われてしまうため、イモリなど一部の例外を除いて成体には体節の再生能力はない。一方環形動物に属するゴカイの仲間は、体節が120~130個ほどになるまで成長、尾を切断されると傷を修復して何度でも体節を再生するので、体節再生能力は実質上限りがないと考えられている。なおゴカイは性成熟に至ると成長を停止し、産卵後死滅するので増節能力は寿命によって制限されていることが知られている。

理研CDBの丹羽尚研究員(形態形成シグナル研究グループ、林茂生グループディレクター)らは、ゴカイの強靭な再生能力の謎を探るため、尾側を切断されたイソゴカイが増節する様子を詳細に観察した。その結果、新しい体節は発生期の脊椎動物や節足動物に見られるような胚先端部の増殖領域からのシグナルと細胞の供給ではなく、既存の体節からのシグナルによって誘導されることを発見した。この仕組みこそが半無限の再生能力を実現させていると考えられる。この研究成果はDevelopmental Biology 誌のオンライン版に4月20日、暫定版が公開された。


(左)イソゴカイのの走査電子顕微鏡写真。体節と尾部が見える。(右上)再生時の体節。前端にはhh(headgehog)が、後端にwg(wingless)が発現している。(右下)最後端の体節の最後端一列の細胞はPCNAを発現することから、増殖していることがわかる。


研究グループはつり餌としてよく用いられるイソゴカイを用いて、まず発生時の体節形成時における細胞増殖の様子を観察した。すると、増節中の最後端の体節の、最も尾側の細胞群で増殖が活発になっていた。次に尾を切断して再生の様子を詳しく調べた。すると、まず切断部に増殖領域が生じて体節のさらに後部の構造である尾部の再生が起こり、それが完了した後に、直前の体節の最後端に1列に並んで現れた増殖領域で細胞が1列ずつ付加されていき、発生時と同様に細胞が5列加わるごとに1つの体節ができるのが観察された。また、再生時の増節にかかる時間は1体節あたり1日で、発生時に比べ約4倍の早さで増節していた。これよりゴカイの体節形成は最後端の体節の尾側一列の細胞群における規則正しい増殖によってなされることが示された。

さらに研究グループは分子メカニズムについて調べた。Wntシグナルは脊椎動物や節足動物において増節に必須であるとされるが、哺乳類のWntと相同とされるゴカイのWg遺伝子の発現を調べると、各体節の尾側最後端に縞状に発現が見られた。また増節中の体節においては、増殖領域が既存の体節のWgの発現と平行に生じ、増殖に伴い1列ずつ尾側に移動していくこと事が観察された。そしてそれが5列目に達すると1つの体節の付加が完了し、新たなWgが新しくできた体節の最後端に発現して次の増殖サイクルが始まった。さらに薬剤を用いてWgの機能を増強させると体節の幅が拡大し、形成速度が遅くなったことから、隣接した体節由来のWgタンパク質の量と伝播範囲が新たな体節のできる位置とサイズを決定することが示唆された。

以上のことよりゴカイの体節形成においては、他の体節を持つ生物の発生過程で多く見られるような、『先端部の増殖領域からのシグナルが新たな体節形成を促進する』という仕組みではなくて、『既存の体節より発信されるシグナルが細胞増殖を制御して新たな体節形成を誘導する』ということが示された。これはまた、1927年にSpemannとMangoldが見いだした相同形質誘導 (Homeogenetic Induction)の仕組み 、すなわち発生時において相同器官を誘導するという現象が、再生の場面でも用いられているとする最初の報告だと考えられる。林グループディレクターは「ゴカイの体節形成では昆虫や脊椎動物とは異なった、再生に適したしくみが採用されていることに驚きました.動物の豊かな多様性の中には未発見の新たなしくみが潜んでいることでしょう」と語った。


掲載された論文

http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0012160613001905

 
 


Copyright (C) CENTER FOR DEVELOPMENTAL BIOLOGY All rights reserved.