独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2006年12月25日


カドヘリン流動と細胞移動

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多細胞生物成立の根幹である細胞接着は強固であると同時に柔軟でなければならない。発生過程では細胞が体の中をダイナミックに移動し、組織や器官が形づくられていく。細胞の接着と自由な移動がどのように調節されているのか―。この極めて重要な問題に、細胞接着分子「カドヘリン」の研究が一つの答えを見出そうとしている。

理研CDBの亀谷祥子リサーチアソシエイト(京都大学大学院生命科学研究科、高次構造研究グループ、竹市雅俊グループディレクター)らは、細胞接着面に局在するカドヘリン分子が一定の方向に流動する現象を明らかにした。この流動は細胞骨格の動きと連動しており、カドヘリンが細胞移動に重要な働きを持つことを示唆している。この研究は、Nature cell biology誌に12月10日付けでオンライン先行発表された。

細胞接着面でのカドヘリン流動。クラスターを形成したカドヘリンが細胞接着面を基底側から頂端側へ向かって移動する様子が見られた。

カドヘリンは膜貫通タンパク質で、細胞外では他のカドヘリンと結合して細胞同士を結びつけ、細胞内ではカテニン分子を介してアクチン繊維と相互作用している。アクチン繊維は細胞運動に関わる細胞骨格で、移動する細胞の先端では活発な再構成が見られる。また、カドヘリンの細胞接着能はカテニンを介したアクチンとの相互作用に依存すると考えられている。

亀谷らは今回、VEカドヘリンをGFPによって可視化し、培養した表皮癌由来の細胞を用いてカドヘリン動態の解析を進めてきた。表皮細胞は互いに接着してシート状組織をつくるが、彼らが細胞境界面を観察すると、細胞同士が縁の部分で重なり合い、接着面が斜めになっていることがわかった。この傾斜した接着面を詳細に調べると、興味深いことに、クラスターを形成したカドヘリンが細胞の基底側から頂端側に向かって移動していることが明らかになった。

カドヘリン分子のタイムラプス観察。カドヘリンクラスターは細胞接着面で一定方向に流動する。

彼らはこのカドヘリンの動きをカドヘリン流動(cadherin flow)と名付け、さらなる解析を進めた。その結果、カドヘリンは隣り合う細胞と複合体を形成したまま移動していることや、細胞内ではカテニンとの結合を維持していることがわかった。また、カドヘリンやカテニンに変異を入れた実験では、カドヘリンの流動にカテニンを介したアクチンとの相互作用が必要であることが示された。そこで、カドヘリンとアクチンを同時に蛍光標識し、両者の相互作用を経時的に観察したところ、カドヘリンクラスターがアクチン繊維上を移動していることや、時にはアクチン繊維から別のアクチン繊維へとジャンプしながら移動していることがわかった。アクチン繊維の動態についても調べると、カドヘリンが流動する細胞境界面では、アクチン自体が流動していることが分かった。また、アクチンやアクチン繊維の運動に関与するミオシンの阻害剤を加えると、カドヘリン流動が消失することが明らかとなった。

さらに、他の種類の細胞を調べると、カドヘリン流動がある細胞とない細胞とがあることがわかった。例えば、腎臓由来のMDCK細胞ではカドヘリン流動がみられない。しかし、このような細胞でも、シート状の培養細胞の一部を鋭利なもので傷つけ、傷をふさぐための移動を誘発すると、移動している細胞の進行方向のみで顕著なカドヘリン流動が現れた。これらの結果から、カドヘリン流動はアクチンの流動によって引き起こされること、また、細胞が互いに接触しながら動く時に起きることが示され、細胞層の中での細胞移動を促進するしくみの一つではないかと結論している。

今回の研究は、カドヘリンが細胞の接着と移動を巧に両立していることを示している。亀谷リサーチアソシエイトは、「カドヘリンは、アクチンの流動を細胞移動の原動力に変換するクラッチのような働きをしているのではないか」と話す。「細胞の接着や移動は形態形成の根本原理であるだけでなく、癌の浸潤や転移にも関係している。今回の研究が医学分野にも貢献できると嬉しい」。



掲載された論文 http://www.nature.com/doifinder/10.1038/ncb1520

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