独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター

2011年10月12日


力のかかり方で変化する細胞同士の接着方法
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あちこちで市民が参加するマラソン大会が開催されているが、走るためには靴も大切だ。靴擦れを起こさないように、靴紐はしっかりと結んで靴を足に固定する。でも、走り終えた時には靴紐は簡単に解けるようにしておかないと、靴を脱ぐことができない。必要にあわせて固定できたり、解けたりすることが重要である。細胞の場合も、必要に応じて隣の細胞と接着したり、離れたりすることが求められる。細胞はカドヘリンやカテニンというタンパク質を介して接着しており、その細胞接着構造をadherens junction (AJ)という。上皮細胞は互いに強固に接着しており、そのAJは細胞を一周する帯のように観察されることから接着帯(zonula adherens, ZA)と呼ばれる。一方上皮組織は発生の際には接着を保ちながらも組織全体の構造を大きく変化させて、様々な組織の形を作るという柔軟な姿も見せる。このような上皮組織の再編成の際に、接着帯がどのようにして再構成されるのかは未解明であった。

理研CDBの田口勝敏研究員(高次構造形成研究グループ、竹市雅俊グループディレクター)らはEPLIN(Epithelial Protein Lost in Neoplasm)というタンパク質が張力を感受する制御因子として機能し、上皮細胞が張力に応じて接着部の構造を変化させることを明らかにした。この研究はThe Journal of Cell Biology 誌に8月17日付で発表された。


細胞集団の内部ではE-カドヘリンとEPLINが線状に配置され、強固なlAJを形成している(上段)。一方コロニーの周縁部ではカドヘリンが点状に並び、pAJを形成している(下段)。


田口研究員らは上皮細胞由来のDLD1という培養細胞のコロニーを用いて、E-カドヘリンとアクチン繊維の免疫染色を行ったところ、2つのタイプのAJを見出した。コロニーの内側ではE-カドヘリンとアクチン繊維が細胞膜と並行し、細胞をぐるっと取り囲んで閉じた接着帯が見られ、周縁部では斑点状に接着しているのを発見した。接着帯を形成する細胞間接着をlinear adherens junction (lAJ)、斑点状の接着をpunctate adherens junction (pAJ)と呼ぶことにした。

接着帯はカドヘリン、カテニンとアクチン繊維が結合して形成されている。カドヘリン・カテニンは直接結合することが明らかになっていたが、アクチンとカドヘリン・カテニン複合体の結合には別の分子が必要となる。そのような分子としてEPLIN (*科学ニュース2007.12.17) やビンキュリンなどがこれまでに発見されている。免疫染色でそれらの分子の存在位置を確認したところ、ビンキュリンなどはlAJでもpAJでも見られた。しかしEPLINはlAJのみで検出され、pAJには見られなかった。またEPLINをRNAiによりノックダウンすると、lAJが見られなくなり、pAJのみが観察された。つまりEPLINが失われたAJがpAJとなることがわかった。

ではなぜpAJではEPLINが失われてしまったのだろうか。研究チームはAJに結合しているアクチン繊維に注目した。lAJでは細胞膜と平行方向にアクチン繊維が伸びているが、pAJでは垂直方向にアクチン繊維が伸びており、AJにかかる張力の方向が異なっていると考えられた。そこでpAJに結合するアクチン繊維をレーザーで切断する実験を試みたところ、もともとpAJだったところでEPLINの量が増加し、lAJのような構造をとった。垂直方向のアクチン繊維を切断したことにより張力のバランスが変化し、EPLINの充当を促進したと考えられる。次にlAJ付近のアクチン繊維を切断して、細胞膜に平行な張力を奪うと、EPLINのシグナルは消滅してしまった。したがって、EPLINは細胞膜に平行な張力に反応して、lAJに集積していると考えられる。さらに、伸縮する装置を用いて、コロニーを機械的に引き伸ばしたところ、lAJに集積するEPLINの量が増えることも観察された。


EPLINは細胞膜に平行に張力がかかるlAJに集積し、細胞膜に対して垂直に張力がかかるpAJには存在できない。


以上の結果から、EPLINが機械的な力を感じ取って、上皮細胞同士の接着様式を再構成していることが明らかとなった。また、今回見出したpAJは、強固な上皮細胞の接着に柔軟性をもたせており、ほかの新たな細胞と相互作用することを可能にしていると考えられる。竹市グループディレクターは次のようにコメントした。「多くの上皮組織には外部的な力がかかります。にも関わらず、組織が壊れることはありません。その一つの要因として、力に反応して細胞間接着力の強弱を調節する仕組みがあると考えられます。今回みつかったEPLINの機能が、体の中で実際に使われているかどうか検証できたらおもしろいです」


掲載された論文 http://jcb.rupress.org/content/194/4/643.long
関連記事 細胞の内と外をつなぐメカニズム(2007.12.17)
 


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