独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター

2012年5月28日


神経板が湾曲するメカニズム
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発生過程において、細胞は驚くほどダイナミックかつ精密に、形や位置を変化させていく。中でも印象的なのが、神経管の形成だ。神経板と呼ばれる細胞シートの一部が左右に盛り上がると同時に、中央が凹型に湾曲して溝ができ、やがて左右が結合して管が形作られる。この過程に異常をきたすと、神経管は正しく閉鎖せず、二分脊椎症や無脳症といった重篤な発生障害を引き起こす。これまでの研究から、神経管形成のファーストステップである神経板の湾曲には、神経板細胞の頂端部の収縮、収斂伸長(細胞の再配置による組織全体の形態変化)、平面内極性制御シグナル(PCPシグナル)といった複数のファクターが関与することが示唆されてきた。しかし、これら相互の関連は不明で、統合的な理解には至っていない。

理研CDBの西村珠子研究員(高次構造形成研究グループ、竹市雅俊グループディレクター)らはニワトリ胚を用いた研究から、平面内極性制御因子Celsr1が神経板細胞の頂端部における収縮の方向性を規定し、神経板の湾曲を統合的に制御していることを初めて明らかにした。本成果は、科学誌Cell に5月25日付けで公開された。西村研究員は、現在は神戸大学バイオシグナル研究センターにて活躍している。

Celsr1は収縮しているF-actinと共に、神経板頂端側の前後軸に直交する
細胞接着面に局在する(上)。
Celsr1を機能阻害すると神経板が正しく湾曲せず、神経管が閉鎖しない(下)。



神経板が湾曲するには、神経板細胞の頂端部の収縮が必須だ。これまでの研究で、Rhoキナーゼ(ROCK)が細胞接着面付近に張り巡らされたアクトミオシンを活性化することで、神経板細胞の頂端部が収縮し、神経板が湾曲することが知られている。しかし、単に頂端側の平面全体が収縮したのでは、一つ一つの細胞は錐形となり、神経板はお椀状に湾曲してしまう。このことから、神経板が前後軸方向に筒状に湾曲するためには、収縮に方向性があるのではないかと推察された。

そこで研究グループは、ニワトリ胚を用いて神経板を頂端側から観察し、細胞接着面の様子を調べた。すると、前後軸に直交する細胞接着面に活性型アクトミオシン(pMLC)が局在しており、細胞は中心線に向かって一定方向に収縮していることが分った。さらに、ライブイメージング解析等から、この一定方向の細胞収縮が細胞の形の変化のみならず、細胞同士の前後軸方向への配置転換、すなわち収斂伸長の原動力となっていることも明らかになった。これらのことから、一定の方向性を持った細胞収縮が、神経板湾曲を推進する重要な駆動力となっていることが示された。

では、このような収縮の方向性はどのように制御されているのだろうか。研究グループは、カドへリンの一種として同研究室にて最初に同定されたFlamingoに着目した。ショウジョウバエで発見された Flamingoはこれまでに、平面内極性の制御に機能することが明らかになっており、その脊椎動物ホモログの1つであるCelsr1のノックアウトマウスは神経管閉鎖障害を示すことが知られていた。このことから、Celsr1が細胞の極性、すなわち収縮の方向性の決定に機能し、神経板湾曲に寄与しているのではないかと予想された。調べてみると、Celsr1はpMLCと同様に、神経板頂端側の前後軸に直交する細胞接着面に多く局在していた。次に、siRNAを用いてCelsr1のノックダウンを試みると、ノックアウトマウスと同様に神経管閉鎖障害を示すことが確認された。このCelsr1欠損体では、pMLCの活性をある程度維持しているものの、局在が低下し、細胞収縮の方向がばらばらになることが分った。また、細胞の配置転換も方向性を失い、結果として収斂伸長が抑制されることも明らかになった。仮説の通り、Celsr1は細胞収縮の方向性の決定に必須の因子なのだ。

さらに、Celsr1の協調因子および下流因子を特定するため、PCPシグナル関連因子および細胞収縮関連因子の神経板湾曲における役割を探った。その結果、Celsr1はDishevelled(Dlv)、DAAM1、PDZ-RhoGEFを介してROCKを活性化し、細胞収縮を誘導することが明らかになった。つまり、Celsr1は細胞収縮に関与する分子群を目的の細胞接着面にリクルートし、一定方向への収縮を誘導しているのだ。

本研究から、Celsr1が神経板細胞の頂端部の収縮、収斂伸長、PCPシグナルを結び付け、神経板湾曲機構のキーファクターとして機能していることが明らかになった。「これまでショウジョウバエの研究から提唱されていた『細胞接着部位の局所的な収縮が組織全体の大きな形態変形を引き起こす』という概念が脊椎動物にも当てはまることを、今回の研究で証明できました」と竹市グループディレクターは語る。「目下の課題は、Celsr1の局在が何によって制御されているのかということです。また、他の生物種において、また他の器官においても同様のシステムが保存されているのかを明らかにし、種を超えた普遍的な形態形成機構の原理に迫りたいです。」


掲載された論文 http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0092867412005259
 


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